機関紙建設なんぶ

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2026年09月10日号

核兵器のない平和な世界へ
2026年原水爆禁止世界大会in広島

核兵器は抑止力にならず
被爆者をつくらない願い受け継ぐ

【みなと分会・経師・林 靖久】
原水爆禁止世界大会・広島に参加してきました。世界大会への参加は14年前の広島、3年前の長崎、そして今回で3回目です。今回久しぶりに広島を訪れ、原爆の被害の実相に触れ、全国から集まった人達と平和について考える中で、改めて核兵器のない世界を実現することの重要性を強く感じました。14年前に初めて広島を訪れた時も、原爆の恐ろしさに大きな衝撃を受けました。しかし、今回の参加では、これまで自分が経験してきたことや、仕事を通じて感じてきた「人の命と暮らしを守ること」の大切さを重ね合わせながら、戦争や核兵器の問題について考えることができました。
 8月4日、広島に着いて同行した皆と昼食後、グリーンアリーナで開会総会に参加しました。被爆者をはじめ連帯する各国の方からの報告もありました。夢の島からの国民平和大行進では出発1日目に参加して新橋まで一緒に歩きました。そして、翌日には港区を出発し、『昨日広島に着いた』と登壇されていました。総会後は平和記念資料館を訪問し、数々の展示物に悲惨な戦争、核兵器の恐ろしさを感じました。
 8月5日は分科会『核兵器のない世界、核兵器禁止条約に参加する日本を』に参加しました。4人の海外からの報告と会場内からの発言を求める会議でした。核抑止で核兵器を持つ事での脅し合いは事故だったりその関係が破綻し使用された際のリスク、危険性が語られました。もし一発でも使われれば報復も有るでしょう。あらゆる生命体のリスクでしかないと思う。
 夕方には原爆ドーム前での『かがり火の祭典』、相生橋での『反核平和ペンライト行動』が行われ夕涼みを兼ねて見に行きました。
 8月6日、朝8時からの平和記念式典に公園内にて参加しました。一連の挨拶を聞き、黙祷。静まりかえった公園にセミの声。
 再びグリーンアリーナで閉会総会(ヒロシマデー集会)に参加しました。多くの人が集まったこの会場で「国際会議宣言」を支持し、「ヒロシマからのよびかけ」で行動提起を確認。ペンライトを振っての大合唱とともに広島の大会は閉会となりました。
 帰りまでの時間は、被爆樹木や原爆遺構を巡りました。14年前に見たはずの袋町小学校資料館では記憶が薄れているなぁと実感してしまいました。
 今回の大会にも、全国各地からさまざまな世代の人たちが集まっていました。それぞれ立場や経験は違っていても、核兵器をなくし、平和な社会をつくりたいという思いでつながっていることに大きな力を感じました。一人ひとりの声は小さくても、仲間とつながり、声を上げ続けることが社会を変えていく力になるのだと思います。
 今回、特に強く感じたのは、核兵器は「抑止力」として必要なのかという問題です。核兵器を持つことで相手国に攻撃させないという考え方は、結局のところ「相手が使わないこと」を前提に、核兵器使用による破滅的な被害を人質にして平和を維持しようとするものだと思います。しかし、核兵器は一度使われればそこに住む人々の命や暮らしを取り返しのつかない形で奪います。広島と長崎の被害を知れば、核兵器を「安全保障のための道具」として扱うことには大きな矛盾があると感じます。
 核兵器による「抑止」によって平和を維持するのではなく、核兵器そのものをなくすことこそが、人間の命と暮らしを守る道だと思います。被爆者の方々が訴えてきた「二度と被爆者をつくらない」という願いを受け継いでいきたいと思います。

原爆投下で終戦に複雑な思い
久し振りの式典参加と新たな学びも

【みなと分会・建具・宇根司】私は広島で育った原爆三世と言われている世代の人間です。父方の祖父は戦争で足を散弾銃で撃たれ、山の上の病院に入院していたため、原爆被害を免れたと聞いており、また祖母も看護婦として、その病院にいたため助かったと聞いています。
 私も小さい頃から平和学習で年1〜2回は原爆資料館に行っていたので、原爆は悪だと教わって育ちました。しかし、母方の祖父の話を聞いた時、複雑な気持ちになりました。
 戦時中、祖父は東京にいたのですが、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の整備とテストパイロットの仕事をしていたらしく、人員不足で神風特攻隊のパイロットがいなくなってしまったため、祖父が零戦に乗り特攻しろとの命令が下ったそうです。1週間後に出征する事になった祖父は家族との時間が与えられ1週間の帰宅を許されたそうです。家族との時間を過ごして釣りをしていた時に広島に原爆が落とされたと聞いたそうです。
 そして、終戦。
 結果的に、祖父は特攻と言う片道切符の零戦に乗ることはなく、人生を全うすることができました。
 私の母は、原爆は憎いけど、もし広島・長崎に原爆が落とされなければ終戦はしていなく、私も母もこの世には存在しなかっただろうと語っていました。その話を聞いて当時、私は複雑な気持ちになりました。
 自分が生まれなかった世界線があると思うと、少し怖い気持ちになり、母にその気持ちを伝えたところ、母は「あなたは今生きているのだから原爆で生きれなかった人たちの生まれ変わりだと思って責任持って生きなさい」と言われ、そうだなと思いました。
 今回久しぶりに平和記念式典に出席し、初めて原水爆禁止大会に出席することができて、いろいろ勉強になりました。

財務省への「はがき要請」にご協力ください

記入例

(例)私は建築設計事務所に勤めています。命の綱、建設国保への補助金をよろしくお願いします。
(例)私の夫は塗装の仕事をしています。大切な建設国保を守ってください。
(例)私の父は設備の仕事をしています。建設国保補助金の現行水準確保、お願いします。

住所・氏名もお忘れなく!

東京土建国保の安定運営のための予算確保の取り組み

 東京土建国保は、みなさんの保険料と歳入の約38.6%を占める「国と都からの補助金」で運営しています。
 10月〜11月は、来年度の「国費補助」確保に向けた、財務省への「はがき要請」に取り組んでいます。
 9月に配付するはがきシート(1シートにはがき4枚)、財務省宛になります。ご記入をお願いします。
 お書きいただいたハガキは、支部事務所でまとめて財務省に郵送しますので、ハガキを書いたら投函せずに支部事務所までお届けください。締め切りは、11月19日(木)になります。

映画 東京上空300メートル

事業所向け共済会チラシ